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ゆとり世代と外国人観光客の共通点、健全化に向けた動き

2017年11月14日

「これだからゆとりは・・・・・・」

「外国人観光客はマナーを知らない」

しかし、彼らは新しい風なのです。

どうも青山です。

今回はゆとり世代と外国人観光客の共通点についてです。

 

ゆとりの言動が常軌を逸しているというのはたまに聞きます(笑) 一部の話でしょうが、平気で遅刻してくる、上司が怒っても全く聞かないといった話を聞きます。

 

私はそんな話を聞くと、「日本は大丈夫なのか?」と自分のことは棚に置き、まるで他人事のように思うのですが、同時に、「もっとやれやれ」というある種の希望みたいなものを持ってしまうのも事実です。

 

冒頭に書きましたが、彼らは新しい風なのです。

 

彼らというのは、外国人観光客も含みます。

必ずしも観光客である必要はないんですけどね。

 

どういうことかと言うと、まずは外国人観光客の話から入ります。

 

日本の中では比較的危ない地域とされている場所、具体的にどことは言いませんが、そういう場所に外国人観光客が頻繁に訪れるようになったことで、街の雰囲気に大きな変化が見られるようになったそうです。良い意味でです。ボッタくろうとしても、「あぁ~ん?」とか言いそうですしね。わかりませんが(笑)

外国人観光客がたくさん来ることで、その場所のタブーというか、閉鎖的な部分が「よくわかりませ~ん」というスタンスなのかわかりませんが、外に発信されていくのではないかと思います。

また、お金を持った外国人観光客がたくさん訪れることで、その場所に構える店舗は、彼らを集客したほうが得なので、やらなければ他の誰かに取られるだけですし、街に活気が出てくるというのもあると思います。

 

関西の方のある地域では、それまで労働者の街と呼ばれていた場所ですが、あまり一般人は近寄らない場所です。外国人の旅行客の間で話題になって、旅行客がたくさん訪れ、街の様子が徐々にですが変わりつつあるそうです。

写真を撮ってはいけないお子様立ち入り禁止の【ある地域】でも、平気で写真を撮っちゃう外国人観光客がちょっと問題になっているそうですね(笑)

 

 

その是非は延べませんが、私は日本のタブーに切り込めるのは外国人しかいないと思っています。

 

日本って閉鎖的なので、外国人の話をろくに聞きませんが、だからと言って、日本の誰かは声を上げないし、日本では声を上げる人間を良しとしない風潮もあります。皆足を引っ張るのに必死じゃないですか?

 

そういった意味では、帰る場所がある外国人が、「お前らヘンダヨ」と声を上げて、ヤバそうになったら帰国というカタチで収めるのもありだと思います(笑) 難しいでしょうが。

 

次にゆとり世代ですが、

ゆとり世代に関しては、主には会社なんかで頑張っていただきたいですね。

 

ゆとり世代を毛嫌いする奴らは、「自分の若い頃はもっと厳しかった」なんて言っていたりしますが、私は言います。そんなの「古い」と。

「最近では教師がちょっと怒っただけで」とか、「髪切った?って女性社員に言っただけでセクハラだから恐いよね~」とか言っているけど、「お前らの正しさなんてどこにもないからな」って言ってやりたいです。「お前らが今までやってきとことがスタンダードだと誰が決めたんだ?」と。

一部には神経質になりすぎている面もあるのも確かです。

 

だけど、今だって、飲み会では女性がお酌するとか、男は短髪にしろとか、全部が全部ダメとかではないですけど、本人の意思が尊重されず、ただ「昔からそう」というだけのことで続いていることがたくさんあります。

 

成長のために怒鳴りつける。暴力をふるう。人格を否定するようなことを言う。君のためになるからと言えば、何でも許されるわけじゃない。

飲み会はコミュニケーションだって?

お前らが酔って騒いでいるだけだろ?

 

それに対して「時間の無駄だ」と声を上げることは、果たして

「これだからゆとりは・・・・・・」と言われるようなことなのでしょうか?

 

 

もしかしたら私たちがもっと歳をとった時に、言いたかったことがわかるようになるのかもしれません。親になって、始めて親の言っていたことの意味がわかるようになるのと同じように。

 

でも、だからといって、否定的に「これだからゆとりは・・・・・・」と言われるような筋合いはどこにもありません。

 

 

あなたの会社に入ってきたらどうですか?

 

あなたの大嫌いな上司に、まわりからも嫌われている口うるさい上司に立ち向かう新入社員が現れたら。

 

一見すると、彼は単なる「わがまま」な、大人になれない奴かもしれません。でも、彼が嫌な上司に「飲み会に参加しろ」と言われたときに、

 

「なぜ参加しなければならないのですか?」と言った時、

 

それは単なる【わがままなゆとりの声】ではありません。

 

それは正当な疑問であり、主張なのです。

そして、それは、新しい風なのです。

 

彼らは窓を開けるためにその場所にやってきたのです。

 

そう考えることもできますよね?

 

誰も立ち上がらなければいつまでたっても何も変わりません。

 

そういった意味では

ゆとり世代や外国人観光客は、恐れを知らぬ変革者なのです。

彼らの共通点はそこにあります。

 

それでは。

お読みいただきありがとうございました。