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仕事が暇すぎて辞めたい?

2017年9月17日

ネットサーフィンをしているだけで給料をもらえるとして、あなたはそれを羨ましいと思いますか?


数年ぶりくらいにコーンフレークを食べてみたのですが、かなりおいしかったです。おはようございます。青山です。

  • 会社に行ってもやることがなくて暇な自分に苦しさを感じている人たちがいる


世の中には会社に出勤してもやることがないという人たちがいます。

 

毎日仕事が忙しいとハァハァ言っている人にしてみれば贅沢な悩みかもしれません。「こっちは休憩時間だってまともに取れないのに」と。

 

でも暇な職場で働いてみると気付くことがあります。

 

 

それはものすごく辛いということです。

 

 

「何もせずに給料を貰えるんだからいいじゃない?」と考える人はいるかもしれませんが、どうやら、人はその場所に存在する意味に疑問を持ち出すと、心を病んでしまう生き物のようです。個人差もありますが。真面目な人ほどその傾向が強いのではと思います。

 

  • 鬱病になってしまった作家さん


中島らもさんは、『心が雨漏りする日には』という本で、自身の鬱について語っています。中島らもさんとは、今は亡き作家でありまして、ドラッグに詳しく、なかなかぶっ飛んだ人でありますが、自身のアルコール依存症体験を題材にした『今夜、すべてのバーで』や、『頭の中がカユいんだ』といった秀逸な作品を世に送り出しています。たしか高校生の頃だったと思いますが、に読んだ中島らもの『アマニタ・パンセリナ』は、ドラッグについて書かれた本ですが、読書って面白いと私に気付かせてくれた本でもあります。

 

そんな中島らもですが、あと数分秘書が来るのが遅かったら自殺していたというほどの、鬱病にかかっています。最初に鬱病が発症した原因が、出社してもやることがなくテレビを観ているだけ。仕事が暇すぎるというものでした。

おれも一緒になってずーっと観ているわけだが、これはまさに針にムシロだった。安いけれど給料をもらって、朝からテレビを観ているだけというのは、精神的苦痛以外の何物でもない。おれは何のために家から電車に乗って会社に来たのだ。することが何もないのだから、定時に会社に来る必要さえないではないか、と暗澹たる気分になっていった。

『心が雨漏りする日には』 中島らも 2005年 青春出版社 P38より引用

 

私はかつて無職時代に感じたのですが、人間、やることがないと、生きる意味を失っていくのです。

 

よく、「ニートは楽でいいな」と言われるけれど、ほとんどの人たちはニートでいることに耐えられないと思います。

  • 暇な職場が辛いのは、やることがないのに、何をやってもいいというわけではないから?


「何もすることがない」

 

ではその時間を有効活用したらどうか?と思うかもしれません。

 

 

でもそうもいかない。

 

 

暇だからといって何をしてもいいわけではありません。そりゃ読書したり、動画を観たりしていれば時間は過ぎていくかもしれません。でも、話に聞く限り、そんな職場はそうそうないです。暇な職場は数多くありますが、好き勝手何をしてもいいという会社はあまりないと思います。

 

 

では何をしているというのか?

 

 

 

仕事をしているフリです(笑)

 

 

私が考えるに、暇な職場で一番辛いのはこの仕事をしているフリをすることです。ただ無意味に書類に目を通したり、カタカタパソコンを打ったり、この作業が辛いのです。

 

 

なぜって?

 

 

 

自分がそこにいる意味を見出せなくなってくるからです。

 

 

 

「自分は何をしているんだろう?」

 

 

毎日毎日歳をとっていくのに、人は必ず死ぬのに、「自分は何をやっているのだろう?」となるのです。

 

 

もうひとつ、

 

これは中島らもタイプの考え方です。

 

例え自由に好きなことをできても、「こんなことやっていていいのか?」となります。何もしていないのに、給料を貰って何となく存在している。それが苦しいのです。真面目なタイプですね。

 

あまりにも忙しくても人は倒れてしまいますが、あまりにも暇すぎても、「何のためにここにいるのだろう?」と人間は病んでしまいます。何事にもバランスが必要なのです。