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仕事を辞めようか迷う時、みんなたくさん悩む

2018年10月2日

あなたの選択を信じて進んでみよう。

あと数十分でカフェが閉まるので、粗削りです青山です。

会社を辞めるという決断

会社を辞めるというのは、多くの人にとって勇気のいる決断だと思う。

 

「辞めたい」と初めて思った時から、あなたはどれだけ悩んだだろう?

 

「辞めた後の生活うまくいくだろうか?」

「不安だ」

 

でもだからといって今の会社で定年まで働くイメージが持てない。

 

あなたはどれほど悩んだだろう?

 

きっと悩んで、悩んで、悩んで悩んで、「もうダメだ!」って思ってたどり着いた結論なのだろうと思う。

 

 

でもきっと同時に恐くてたまらないのだろうとも思う。「うまくやっていけるだろうか?」きっとそんなことばかり考えているのだろうというのは容易に想像できる。

 

誰でも常識のレールを外れるのは恐い

子どもの頃の私たちは、ランドセルを背負って、チャイムと同時に教科書を開いていれば、難しいことなんてとくに考えなくても毎日を不自由なく生きていけた。

でも大人になるといろいろなことを考えるようになる。

たとえば今のあなたは、子どもの頃に私たちが歩いてきたような常識のレールの上には、幸せがないと気付いてしまっている。

 

だから、必死に足掻いてレールの外を歩こうとしている。でも恐怖心を捨てることができない。

 

私青山もそんな1人です

「セルフイメージを高めよ」との自己啓発本からの教えを、出勤前に何度も何度も心の中で繰り返す。

 

「不可能はない。何だってできる」

 

でも一歩職場に足を踏み入れると、弱くてダメな自分が顔を出す。「鋼鉄の扉を開けるのが今日もしんどい」

 

いざ仕事が始まると、サナギみたいに固まって、自分の感情や個性を押し殺して、ただただ時間が過ぎるのを待つ。定時になるまで自分を押し殺してやり過ごす。自分が会社にいる意味を見つけられないでいる。

 

目の前に仕事が与えられた時だけ、「ニョキっ!!」と両腕を出して仕事をこなす。やる気が全く出ない。プラスアルファなんてもってのほか、通常業務さえ完璧にこなせなくなる。

上司の嫌味に傷つかないふりをしながら、心はいつでも泣いていた。顔ではいつでも笑っているけど、心はいつでも泣いていた。あまりにも目を背けていたから、身体が悲鳴をあげ始めていた。

 

何をしていても楽しく感じなくなった。

うまく笑えなくなった。

うましゃべれなくなった。

 

 

 

でもまだ、

それでもまだ辞めるのが恐かった。

 

 

何を恐れているのか、自分でもわからなかった。

 

鬱病を患って自殺する人がたくさんいる。「死ぬくらいなら辞めればいいのに」という意見は後を絶たない。

 

その通りだ。その通りなんだけど、「辞められない」という気持ちも私にはわかる。気付いたら正常な思考を失っていたという気持ちも理解できる。

 

ピコンピコンとウルトラマンよろしく、胸のタイマーが点滅しているのもわかる。

 

そうまでして守っている生活って何だろう?

 

「お前なんか辞めちまえ!」って上司に言われたら、「はい、さようなら」って、きっともっと楽だったろうと思う。

 

 

仕事は嫌だったけど、楽しいこともたくさんあった。それがまた悩みの種だった。

 

辞めた後の生活の不安もそうだけど、今いる場所に居心地の良さを感じている自分もいた。それが踏ん切りがつかない理由だった。人は慣れ親しんだ場所を好む生き物だから、そこがどんなに嫌でも、いざ飛び出そうとすると実際躊躇する。

 

でも、そのレールの上には幸せはない。

天使と悪魔が毎日交互に語り掛けてきた。

 

 

あなたもそんな声の聞こえる一人かもしれない。

 

 

こんな会社続ける意味がない、「クソッタレ!」という感情と、たまに感じる居心地の良さが、実力の同じ学校の綱引きみたいに平行線をたどっていた。

 

 

今日は、「こんなクソみたいな会社辞めてやる」と思った。

 

次に日には、「この会社のこういうところが好き」と感じた。

 

 

どうすれば良いかが分からなかった。

 

 

ズルズルと留まった。

 

先がないとわかっていたのにズルズルとそこに留まった。

 

 

そんな中で、ようやく自分なりにたどりついたことがある。

 

 

「辞めます」と伝えたところで、楽しかった日々は消えてなくなりはしない。嫌々留まり続けるほうが、よほど失礼なことだと気付いた。

 

 

会社の仲間にも、お客さんにも、

 

 

そして、自分自身にも。

 

嫌々会社に向かうことで、自分の人生と、関わる人の人生に泥を塗っていると気付いた。

 

 

誰だって恐い。

 

 

「失敗したらどうしよう?」

 

 

その恐怖を拭い去ることはできないかもしれない。

 

でも

 

 

 

死んだように毎日を生きるか?と問われたら、それはきっと違う気がする。

 

 

決断には責任が伴うし、「辞めます」と伝えるのは恐い。

 

だからと言って、決断を先延ばしにしてどこかに答えを求めても、

 

答えはきっとどこにもない。

 

問題から逃げ続けていたら、あっという間にあの世が迎えに来てしまうだろう。

 

 

辞めるのも、また辞めないのも、どちらもそれぞれがひとつの選択肢に過ぎない。

 

結果はやってみるまで分からない。

 

そこに行ってみて初めて、あのときの選択の良し悪しを論じることができるのだ。

 

だからまずは信じて進もう。自分の選択を信じてみよう。

 

P.S.

私は自分の道を信じて一歩を踏み出しました。

 

あなたも一緒に人生を変えませんか?