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広告と消費 本当は皆小金持ちだった なぜお金が貯まらないのか?

昨日は財布に1万円が入っていたのに、今は500円しか入っていない。気付いたら、9500円がどこかに行ってしまっていた。誰かに盗まれたわけじゃないのに。

お金は自分から誰かに移動する

「あれ?財布に入っていたお金何に使ったんだっけ?」

あなたもこんなことを思ったこと思ったことがあるかもしれない。

 

財布に1000円しか入っていなかったからATMで1万円を引き出した。そして何となくショッピングをして家に帰ってきたら、財布には1000円しか入っていなかった。

1万円は決して盗まれたわけではない。自分の手元から誰かに移動したのだ。

 

私は生活費にひどく苦しんでいた頃、このことに大きな疑問を感じた。

年収何億というレベルのお金持ちが、朝目覚めた時「昨日キャバクラで500万円使ってしまった。よく覚えていないけど」というお金の使い方をするのはまだわかる。

しかし生活費にさえ苦しんでいた私が、私にとって貴重なはずの1万円を財布に入れた時も、「1万円をもう使ってしまった。よく覚えていないけど」というお金の使い方をしていたのだ。

私はこの点に大きな疑問を感じた。

 

つまり、お金はどこに行っているのか?お金はなぜ消えるのか?が疑問だった。

 

そして気付いたのが、お金は自分から誰かに移動しているということだった。

商品やサービスの先には人がいる

私たちは日常生活で商品やサービスを購入した時、ふうつ「1万円を使ってこの商品を購入した」という言葉の使い方をする。

お金が財布から消えたのは、商品やサービスを手に入れたからだという言葉の使い方をする。

 

それは正しいけど、商品やサービスそのものが、お金を必要とすることはない。

アイフォンがお金を使ってステーキを食べることはないし、1泊100蔓延する高級ホテルの部屋が、100万円を使って自分の価値を高めるために高級家具を買ったりすることもない。

 

ではお金はどこに行ったのか?

 

当たり前のことだけど、お金は商品やサービスを作ったり販売したりする【人間】のもとになっている。つまりお金は、商品やサービスという媒介物を通して人から人に移動するという性質を持っている。

 

これが何を意味しているのかと言うと、私たちは普段気付かないうちに何度も何度も繰り返し、誰かに【説得】され、【セールス】されていることを意味する。

人は広告を目にしてお金を手放す

ただ生きていくだけであれば、本当はそれほど必要なモノは多くない。

だからただ生きていくだけであれば本当ならそれほど多くのお金を必要としない。実際私は大学生の頃、週4のアルバイトで2年くらいで200万円近くのお金を貯めた。だから私は、アルバイトの少なくとも2倍以上、ボーナスがある人が、「お金がない」とお金に苦しむ意味がわからないと思っている。

私はある程度の年数は働いている社会人であれば、皆小金持ちレベルにはなれているはずだと考えている。

 

でも多くの人たちは実際にはそうなっていない。

その原因は、本来必要であるモノでないものを買っていることにある。

私はここで、人生に不要なものを買うべきじゃないと言いたいわけじゃない。お金は貯まるけど何もしない生活とお金は貯まらないけどいろんなことを経験できる人生とがあったら、私は後者を選択する。

 

私がここで言いたのは、「お金がない」と言っているにも関わらず、本来持っているはずのお金がどこへ移動しているのか?なぜ移動するのか?を考えずに、ただ何となくお金を使っている状態にあることに問題を感じていないのはどうかと思うということである。

 

最低限必要なモノ、じゃないモノを私たちが購入してしまうのは【広告】の力によるものだと私は考えている。

 

私たちは日々広告のプロのターゲットにされている。

テレビのCMやセール情報を通知するダイレクトメール、「とても甘い」とスーパーの果物の前に貼りつけられているPOP広告、自動販売機の冷たそうなジュースのパッケージ、コンビニのアイスのNEWという文字。

 

ただ生きているだけで、広告のプロたちが考え抜いた「売るための広告」を目にし続けている。

 

そしてそれを見た私たちは、財布の紐をほどき、商品やサービスを購入し、お金がその広告を作った人たちの手に移動する。

 

そして私が考えたことは、広告を目にする頻度を減らすということだった。

広告を見なければお金の移動はなくなるのではないか?

そしてお金のなかった頃の私は、テレビを見なくなり、ダイレクトメールを全て解約した。完全に切り取ることは不可能だけど、極力自分の生活の中から広告を排除した。

そしてもうひとつ、何よりも一番効果があったのは、お金は自分から誰かに移動するという意識を持つことだった。この意識を持つことで、購買には単なる「欲しい」という感情以上の意味があることがわかった。

つまり「買わされている」という意識だ。

この視点を持つと、購入を迷っている時に、「本当にこれは必要なのか?」と自分に問い掛ける機会が与えらえる。

だからもしもあなたが、財布の中のお金を本当に使いたくないと思っているのなら、商品やサービスには誰かのマーケティングが仕掛けれていると意識することで、その広告に抵抗することができるということを覚えておいてほしい。

それでは「広告と消費」という話でした。