オススメ記事

この世の中はまっとうに生きる価値のあるものだろうか?

2018年10月2日

 

この世の中は汚い場所でしょうか?

それとも美しい場所でしょうか?

 

あなたの目にはどううつるでしょうか?

 

『ドラゴンクエストⅤ』の花嫁選択では、フローラを選びがちです。青山です。

 

子どもの頃は、世の中がどうこうなんてあまり考えませんよね。自分と自分の近い範囲の世界が全てで、単純に楽しいことに笑ったり、悲しいことに泣いたりします。それが子どもの世界というものです。

 

それが大人になると、ほとんどの人はまわりの世界に目を向け始めます。

 

「大人の世界は汚い」と言われることがあります。自身の利益のために人を騙したり、戦争をしたりする。誰かが泣いている時に、別の誰かが笑っている。そんな世界が、大人の世界で、この世の中の姿だと言う人がいます。

 

初めて犬猫の殺処分について知った私は、世の中のことが急速にわからなくなりました。

戦争中に起きたことを聞いたとき、世の中はなんて汚い場所なのだろうと思いました。

残酷な殺人事件のニュースをテレビで見たとき、救いようのない世の中だと思いました。

 

楽しいことがあって笑ったり、好きな人を想うとドキドキする世界は、全てウソなのではないかとすら思いました。

 

「この世の中とはまっとうに生きる価値のあるものだろうか?」と自分に問いかけました。

 

 

しかし、その答えを自分では出すことができずに、私は本にその答えを求め始めました。

 

 

その結果どうなったでしょう?

 

 

たくさんのことを知れば知るほどに、残酷な世界が姿を見せ始めました。

 

目の前の世界が崩れていくのを感じました。

 

 

テイクアウトの弁当屋に入ってきた外国人の子供がレジで戸惑っていた時の、異質なものを見るような店内の客の視線。

ファーストフード店でおばさんが、中国人の母子に厳しく注意していたこと。

「鬱になるやつなんてどうしようもない」と言っていた中年のサラリーマン。

 

世の中は取るに足らないと感じるようになると、誰かにとってどうでもいいようなことがやたらと目につくようになりました。

 

こんな世界に生きていたら、私の知る優しい人たちはきっと、苦しいことがたくさんあるだろうとも思いました。

 

でも、

 

そんなとき私はこの世界の素敵なこともたくさん知っていると思い出しました。

 

世の中を良くするために世界で戦うたくさんの人たち。

公園ではしゃぐ子供たちの笑い声。

車椅子の男性が困っている時に走って手を貸した高校生。

 

世の中を中途半端に知ろうとすると、この世の中はひどく難解なものに感じます。全く知らないでいれば、きっと幸せでいられるでしょう。でも私は何も知らずに生きるという道を選ぶことはできませんでした。

 

ではどうすれば良いのだろうか?

 

やっと気づくことができました。

 

圧倒的に突きぬけることです。

 

世の中の負の部分を知ったうえで、膨大な量の正の部分を取り込んでいくのです。

 

中途半端にしか物事を知らないとこういう思考になります。

「何も変わらない」と。

 

だけど圧倒的に突きぬけるとこういう思考になります。

「自分が変えるしかない」と。

 

 

 

例えば、自分に世界を変えることができるだろうか?と問えば、

 

正直な話、難しいと言わざるを得ない。

 

 

 

でも、今目の前に見えている世界を変えるのはそれほど難しくありません。そしてそれこそ、私が最も大事なことだと思っていることです。

 

 

そのために私が実行していることの例です。

 

 

レジでも何でも店員さんに何かをしてもらったら、いつでも「ありがとう」と伝えます。

料理屋で「おいしかったです」と伝えます。テンション高いときしか無理ですが(笑)

お店の外の商品が風で舞っているときには、店員さんと拾います。先日の1回だけですが(笑)

外国人が困っていたら助けます。目的地まで一緒に行ったこともあります(笑)

 

ものすごく小さなことでも、「ありがとう」って言ってもらえたら気分が良くなるし、自分のする小さなことが誰かの明日を良くするかもしれないと考えるとワクワクします。誰かに親切を手渡せば、その人は、「世の中捨てたもんじゃない」と思ってくれるかもしれません。そしたら、その人は、また別の誰かに優しさを与えてくれるかもしれないからです。

 

そんな小さな試みで、目の前の世界は必ず変わります。それは私が保証します。

 

この世の中は、あなたの目にはどううつるでしょうか?

日常

Posted by 青山ゆう