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会社員人生において、働くだけでなく、遊ぶ期間があってもいい

只今、死ぬほどトイレに行きたいのに行かないという罰ゲームを自らに課しています。とくに意味はないです。

本当はカフェで、荷物がちょっと心配なので行けないだけです。あとただただめんどくさいというのもあります。青山です。

終身雇用の考えが当たり前だった時代は、一度就職したら定年までは、週に2日程度の休日と、祝日、夏・冬の長期休暇が人生において【遊ぶ・休む】時間であったと思います。であったというか、それは今でも変わりません。ちょっとでも【何もしない】期間を作ろうとしようものなら、まわりにいるほとんどの人たちに、「大丈夫なの?」「何考えてるの?」と言われてしまいます。

 

私にしてみれば、「あんたらが何考えてんの?」と言う話ですが。

 

彼らにとっては、組織に所属して働いていることこそ当たり前のことなのです。

 

私はそんなのおかしいと思います。

 

人生には、一生懸命働く期間もあれば、一生懸命遊ぶ期間もあって良いと思います。

 

連休のとれないサービス業などの仕事では、どこかに旅行に行くというのでも、年に2回程度の長期休みを待たなければなりません。そういう時期っていうのは、日本中が一斉に休みを取るので、混んでいるし、予約も取りにくいです。

実家を離れて、働いている人の中には、ほとんど帰れないという人もいると思います。

 

私は、週5日拘束されて自分の時間を切り売りしてお金を得るというのが嫌いでした。何かがあっても、会社での仕事を優先しなければならないという風潮が嫌でした。

 

「急だけどちょっと明日から1週間旅行に行ってくるわ」という生き方があっても良いと私は思います。

 

でもそういう生き方は、今の日本ではリスクの高い生き方だとされています。多くの会社の中ではもちろん認められないし、一度空白期間を作ってしまうと、次の場所に行くにも大変になります。

 

なぜ日本社会では、レールを外れた生き方が難しいのでしょうか?

 

一般の会社員は、定年まで働き続けなければならないのでしょうか?まぁ本人がそれを望んでいるのなら別に構いませんが。

 

でもそれを実現する方法はあります。

 

 

社会がそういう流れになるのを待つというのもありますが、おそらくまだまだ先のことです。それよりも現実的なのは、労働市場での自分の価値を上げるということです。

 

組織から離れて、求職市場に放りだ出されてしまった人たちが、路頭に迷う一番の理由が、自分の価値が低いことです。

 

低いからこそ、「どうか雇ってください」という考えになってしまうのです。だから、年齢がネックとか、空白期間が長いからとか言い始めるのです。年齢が高いって、長くいられないかもしれないというのはあるのかもしれませんが、本来それって利点じゃないですか?経験とスキルがあればの話ですが。

それがないから、欠点になっているように思えます。空白期間が長いというのもそうです。本当に能力があったら、空白期間とか関係なくないですか?

 

そうなるとやはり、レールを外れることの一番の問題は、

 

労働市場での自らの価値が低いことです。

 

つまりこれさえクリアできれば、3年全力で働いたから、半年はゆっくり休もうという生き方が可能になるのではないかと思います。

能力がある人を放っておくはずがないですし、あるいは起業するという手もありますし。