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禁煙に失敗すると自分を嫌いになる

2017年4月28日

 

自分を好きでいるとは、自分を好きでいるための選択をすること

 

タバコの値上げ、喫煙場所の減少、喫煙者にはうれしくない知らせは今後も増え続けていくでしょう。

 

それでもなお喫煙者であり続ける人たちは多くいます。

 

彼らにも物語があるのかもしれません。

 

何度も禁煙しようとは思っているけど、その都度失敗している。そんな過去があるのかもしれません。そんな過去は今、大した問題にはなりません。今日も彼らは毒物を体に摂取し続けています。お金を払って自ら。それが事実です。

 

私もかつてはどこにでもいる喫煙者の一人でした。空き時間があると必ず煙草を吸い、出先では喫煙所を求めて彷徨った、そんなどこにでもいる喫煙者の一人でした。

 

「いつも辞めたいと思っていた」

 

 

あなたが喫煙者であるならこの気持ちをわかってもらえるかもしれません。

 

皆がそうではありませんが、喫煙者の多くは煙草を辞めたいと思っています。

 

私はかねてから学歴と喫煙者数は関係あると思っていますが、ここでいう学歴とは大学もそうですが、自分の頭で考える力があるかどうかも含んでいます。喫煙者には低学歴、自分の頭で考える力のない人が多いと考えています。これについては研究もされていますが、ここではそれを掘り下げるつもりはありません。

 

正直な話、寒空の喫煙所で集団で煙草を吸っている姿は滑稽そのものです。

 

何のメリットがあるのでしょう?

 

喫煙所でのコミュニケーション?

ほとんどの人が黙々と煙草を吸っているじゃないですか?

 

会社の喫煙所でのコミュニケーションなら、その時だけ吸えばいい。

 

 

彼らは自分の意志で煙草を吸っていると思っているのでしょうか?

 

煙草もそうですしお酒もそうですが、ドラッグであるという認識をなくしてはいけません。

 

私にしてみれば狂っているとしか思えません。

 

 

記憶をなくすほどお酒を飲んだり、病気になるほど飲んだり、しかも、お酒をたくさん飲めることに対して、「すごい」というような風潮まであります。

 

狂ってません?

 

 

話があまりにも飛躍してきたので、この件については終わりましょう。

 

自分が嫌いと言う人がいますが、その場合の自分が嫌いとは、自分の見た目が嫌いと言うのはまた別問題ですが、自分の選択が嫌いと言い換えられると思います。

 

 

例えば、薬物中毒者が、「俺なんかもうだめだ」と言う時、頭の中ではちゃんとしよう、「もうこんなバカなことやめよう」という選択が下されているのに関わらず、結局はその意志とは反する行為をしてしまうということがあると思います。

それは煙草でもお酒でも同じです。

 

 

かつての私は「煙草をやめよう」と宣言しました。

 

でもその数時間後にまた煙草を吸ってしまったのです

 

様々な言い訳を並びたてて、煙草を吸ってしまったのです。

自分はなんてクズなんだろうと思いました。

 

 

自分のことが嫌いだと言う人は、このケースに陥っていると思います。

 

 

「こうしたい」という理想の選択、もしくは「こうしよう」という妥当の選択がありまして、そのどちらかを選べば自分を好きなる、もしくは現状維持ができるのに、自分が嫌いと言う人は、意図せずとも「こうしたくない」という選択をしてしまうのではないかと思うのです。

 

「こうしたくない」という選択は、例えば、薬物など依存性があるもの、性欲などに関わって、発生するケースが多いと思います。その力は時に非常に強く、意志の強い人でも負けてしまうことがあります。

 

 

そう考えると、自分を好きでいるとは、自分を好きでいるための選択をすることとも言えます。

 

 

この選択の結果、自分をより好きでいられるだろうか?

 

 

何かを選択するときは、この質問を投げかけてみましょう。きっと役に立つはずです。