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そこまでやる人はいない→だからやるという発想

いかがお過ごしですか?

着る服が季節に追いついておらず、最近は毎朝・毎晩のように誰にも「会いたくない」のに震えています。こんにちは青山です。

今回は、他の人がやらないことが価値を生むという話です。

 

私が就職活動をしていた頃の話です。

 

就活を進める中で、私はある疑問を持ちます。

 

それは、

面接後にお礼状を出したほうが良いのだろうか?ということです。

 

【お礼状というのは、面接が終わった後に、「面接(時間を割いていただき)ありがとうございました。ぜひ、よろしくお願いします」といったことを伝えるために、面接を受けた企業の担当者に送るものです。メールで送るという手もあります。絶対に送る必要があるものではなくて、送ったほうが良いかもよ?みたいないフワフワしたニュアンスのものです(笑)】

 

そんなフワフワしたニュアンスのモノですから、

結論から言うと、私は送りませんでした。

 

 

なぜか?

 

それはその頃の私の思考回路が影響しています。

 

まわりの人が誰も送っていなかったので、私も送らなくても良いと考えたのです。

 

他の人もどうせやっていないから、私もやらなくてよいと考えたのです。

 

ここで、話をまた別の例に移します。

 

私は子どもの頃に、たまにですが、懸賞というのでしょうか?「応募者の中から数人にプレゼントあげます」というアレですね、に挑戦していました。

 

 

そして、その当選率とやらが、驚異的でした。数は少ないですけどね。

 

その当時の私がやっていたのは、比較的応募者の少なそうなものに応募するということと応募用紙を目立たせるということでした。

私は懸賞マニアではないので、懸賞に当選する方法とやらはわかりません。私がここで言いたいのは、懸賞は当たるから応募したほうが良いということではありません。

 

私が子どもの頃に気付いたのは、多くの人が、懸賞に応募しないということです。

 

もちろん、単純にそれが欲しくないという人は除きますが、仮に、「欲しいなぁ」と思っていても、彼らは応募しません。

 

なぜか?

 

「どうせ当たらない」とか「めんどくさい」とか考えるからです。

 

私が特別ラッキーだったわけではありません。私に当選するためのノウハウがあったわけではありません。私は、ただ、応募したというそれだけなのです。それだけのことが、特別な意味を持っていたのです。

 

ここで先ほどの就活のお礼状の話に繋げます。

 

 

就活のお礼状や懸賞の話は、あくまでも具体的な話なので、それに縛られないでくださいね。あなたの身の回りのことに当てはめて考えてください。

 

まわりの人がやっていない。だからやらない。まわりの人が犯罪を犯さないから自分もやらない。それはもちろん当たり前のことです。

 

でも、競争率の激しい就活で、他の皆と横並びすることに何の意味があるのでしょうか?

あなたには、採用担当者を必ず惹きつけられるような長所があるのですか?何もせずとも、あなたはまわりの人から飛びぬけられる何かを持っているのですか?

 

他の人と同じように何もせず、大きな強みがないのなら、採用担当者は、なぜあなたを選ばなければらないのですか?

あなたが思っている「自分は特別だ」という、あなたにしかわからない何かというものを、採用担当者が感じ取ってくれるとでも思っているのでしょうか?

 

 

子どもの頃はそれでよかったかもしれません。でも大人の世界は違います。大人になってからも、同じように生きていけば、冴えないサラリーマンで人生を終えるだけです。お金持ちにもなれず、モテもせず、平凡に人生を終えるだけです。

 

多数派から飛びぬけるには、他の人がやらないことをしなければなりません。

 

他の人が「そこまでする?」というくらいやるのです。

他の人が「それやったんだ?」と思うことをやるのです。

 

多数派との考え方の違いが、大きな成果を生むのです。

 

それでは。