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もうこれから先、生きるために仕事をしたくない

人は生きるために働くのではないというのは、ただの綺麗ごとかもしれません。

こんにちは。

青山です。

今日は朝起きてから、朝というか昼でしたが、カップラーメンを食べたということ以外に、ほぼ何もしておりません(笑)私よりも1日を無駄にしたという方がもしもいたら手を上げてください(笑)たぶんいないと思います。日が沈んだ頃に出掛ける予定ですが。

今回は働くということについてです。

 

私はものすごく働きたくないと思っています。

しかし何もせずに生きていくことはできないし、このまま今のようにずっと自由に生きていられるとも思っていません。いつかは働かなければならないでしょう。長期的に将来を見据えると、起業してちゃんと自分の会社としてやっていくという覚悟がないなら、どこかに就職するしかありません。残念ながら私には会社を作ってやっていけるようなエネルギーも人望もなく、現実的にはどこかに就職するという道を選択するほかありません。今のところは。しかし、今はまだ働きたくないと思っています。

私は生きるために働くというのが嫌です。それは今切羽詰まっている人からしたら舐めている考え方かもしれません。毎日の生活が苦しくて、どうしたって仕事をせざるを得ない人もいるでしょう。しかし正直な話、私も立場的には無職であり、こうしているこの瞬間にも、就職活動を行ったほうが良い類の人間です。毎月月末の家賃や保険料支払いの時期には頭が痛くなります。ですが、それでもなお働きたくないと考えています。私は現在20代後半で、大学を卒業してからこれまで、働いていた期間よりも働いていない期間のほうが長いです。しかしその働いた期間を考えてみれば、またもう一度働きたいとはどうしても思えません。

求人を見ていても、満員電車に乗っても、またあの日々を繰り返すのかと考えると、足が進みません。毎日同じ時間に出社して、意味も分からず早く出社しなければならず、流れ作業のようにつまらない仕事をして、上司の顔色をうかがって、上司が帰らないからといって、仕事もないのに意味なく残って、ハッキリ言って、あんな毎日はもうたくさんです。他の職場に行ったらまた違うという意見はあるでしょう。そりゃ違うでしょうが、悩みの種が変わるだけのことです。生きるために仕事をしている限りは。

ではどんなふうに仕事をしていくべきなのかといえば、お金がもらえなくてもやりたい仕事をやることです。現実的にはお金がもらえなかったら生活できないので極端な話ですが。その仕事ならお金をもらわなくてもやりたいか?というのは私の中で大事な判断基準です。つい最近までやっていた『隣の家族は青く見える』というドラマでは、それぞれの家族が抱える不妊やリストラ、同性カップルといった問題を取り扱っていましたが、その中の1家族のリストラされた旦那さんが、無職になり迷った結果、ついにボランティアとして人に教える仕事がしたいと決意していました(塾講師をしながらボランティア)。

ホリエモンの『お金はいつも正しい』という本に、国民一人一人に生活できる分のお金を配って、そのうえで働きたい人は働き別の何かをやりたい人はそれをやればいいというようなことが書いてあったような気がしますが、そんな日が来たらうれしいです。

 

お金をもらえなくてもやりたい仕事ってどんなの?ということですが、それは世の中を良くするための仕事だし、自分が伸ばしたいスキルを学べる仕事です。お金を払ってでもやりたいこと、と言ったらそれはもはや学校みたくなってしまいますが、今後の世の中で幸せに自由に生きるためには、必ずしも自分が所属している先で収入を生まなければならないというわけではないのでは?と思います。

副業を許可する企業が増えてきていますが、それが今後もっと変化して、1社では生きるための収入を得るための仕事を、あるいは自分でお金を生み出す、もう1社では学ぶためや純粋なボランティア(世の中をよくする仕事)のための仕事をする。必要以上に特定の会社にコミットしない。これまでの企業と個人の関係では、まるで【生】という人質を取らられているような関係性ですが、今後はもっとフリーランス的な関係、企業と個人はビジネスの関係になっていくのではないかと思います。個人がもっと力を持つべき時代なのです。