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考える力が足を引っ張る時もある

何か新しいことを始めた時、その道のプロに教えてもらっているのにも関わらず成果が出なくて、「自分には才能がない」とあきらめていませんか?

おはようございます青山です。

全く同じ教えを受けているのに、成果が出る人と出ない人がいます。

「なぜなんだ?」

「自分には才能がないのか?」

 

あなたにもそんな経験がありませんか?

 

あなたにもというのは、私にはあったからです。

 

その道のプロに教えてもらって、教えの内容は間違っていないのに、自分は上達しない。まわりの人も同じ内容の教えを受け取っているのにも関わらず成果の出ている人がいる。

 

その違いはどこにあるのか?

 

もちろん見えないところの努力というのはありますが、私が気付いたのはそれ以前のレベルの話です。

 

 

「自分には才能がないのだろうか?」

 

「自分はどれだけ雑魚なんだ」

 

 

 

私は本当に当たり前のことを見失っていました。

 

それは、

 

教え手の言ったことを、実行していなかったということです。

 

いやいや、当たり前のことやん?って思いましたか?

 

でも、ほとんどの人がこれをできていないと私は思います。

 

 

私たちは大人になると、嫌でも疑うことを覚えます。考えるということを学びます。

それ自体は非常に大切なことです。

 

「このメールを見てくれたあなたに100万円プレゼント」とういメールを見て、

 

「よっしゃーラッキー!」とその度に返信していたら、受信フォルダは、迷惑メールで埋め尽くされてしまうでしょう。

 

だから私たちは、日常の多くのことを疑って生きています。

街中で声をかけられても、

「いやいやどうせ何か買わされるんでしょ?」と、疑うことなく怪しい人についていくことはありません。

 

疑うこと・考えることそれ自体は、私たちの身を守ってくれます。

 

問題なのは、その力の使いどころを間違えてしまうことです。

 

何か新しいことを始めて、「よしっやるぞ!」となって、誰かに教わったとしても、多くの人がそれをその通りに実行しません。

 

「本当にこんなので成果出るの?」

「それって本当に重要なの?」と、

 

 

勝手に解釈して、全くやらないか、半信半疑で中途半端に動くのです

 

これでは、教えているほうも、「いやいやお前、上達しないとか言っているけど、私の言ったことちゃんとやった?」となってしまいます。

 

 

教えるほうは教えるほうで、順序立てて、段階的にステップを踏ませているのに、受け取り手が勝手に、必要・不必要の解釈をして、部分的に飛ばしているのです。

 

だから教え手の意図している通りの成果が出ないのです。

 

「とにかく黙ってやる!まずはやってみる!言われたことを確実にやる!」というのが、誰かに教えてもらう時に、一番大事なことです。

 

子どもは物事の上達が早いです。それは素直だからです。

 

あなたの会社に40代くらいの人が入社してきたと想像してみてください。

 

 

その人は、あなたの言うことを素直に聞くと思いますか?

 

 

 

聞きませんよね。

 

 

 

「私はこう思います」

 

「前の会社ではどうたらこうたら・・・」

こんなこと言っている人、あなたの会社にもいませんか?

 

 

出来る人ならまだしも、出来ないのにも関わらず、聞かない。そのくせに、「これはまだ教えてもらっていません」とか言う。

 

 

「はあ?」と教える気をなくす。

 

 

仮に、やる気があるなら、「黙ってやれ!」

 

「いちいち口答えするな!」

 

「お前のやり方を出すのは、まず型を覚えてからだ!」

 

 

どうでしょう?

 

 

あなたにも思い当たる節がありませんか?