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シンプル様のファッションとベジタブル

2017年9月16日

颯爽と青山の前に現れたシンプル様はいかにも大物といった風なオーラを放って、すぐに優しく微笑んだ。

青山「今日もオシャレですね。シンプル様!!その服どこで買ったんですか?」

シンプル様「そんなこと聞いてどうするのさ?」

青山「シンプル様と同じものを着ればオシャレになれるかもと思いまして」

 

やめておきたまえ!!!

洗練されたファッションはセンスから生まれる。

そしてセンスとはスタイル(生き方)のことである。

青山君、君にスタイルはあるかね?

 

 

???

???

 

シンプル様の目の前にはおいしそうな野菜料理が並べられている。

 

どれもこれも

どれもこれも

 

 

野菜!!

野菜!!

野菜!!

 

そう、シンプル様はベジタリアンなのだ。

 

「青山君、ここの野菜は実においしいな。料理人の腕も確かだ。素材そのものの良さが100%引き出されている。一切のごまかしがない。調味料をたくさん使った料理は苦手のなのだよ。健康にも良くないしな。シンプルであればあるほどに良いのだ」シンプル様は言った。

 

「ファッションもだな、こてこてに味付けされたものはすぐに廃れるのだよ。その時一見オシャレに見えようともね」

 


「スタイルのあるシンプルなファッションこそ、オシャレの終着点なのだよ」


 

「人間というのは、歳を重ねれば重ねるほどに素材そのものが重要視されるようになる。素材とはその人の人格、地位、成し遂げてきたことなどさ。ある程度歳を重ねると、外見的な魅力よりも、内面的な魅力のほうが重要視されるようになる。どう生きてきたか、そうそう、過程が大事になってくるのだ」

 

「どのような土で育ち、どのように手入れされてきたか、野菜にっとて重要なことは人間にとっても重要なことなのだ。実際に顔つきにも変化がある。青山君、君にも心当たりがあるだろう?」

「若いころは奇抜な服を着てみたり、奇抜な髪形にしてみたりもあるだろう。若い果実はまずい!!まずいからこそ調理に工夫が必要になる。濃くしてしまえ!!これでごまかせるだろう。そんな具合にね」

「ところがある程度歳を重ねるとあまりにも手を加えたものは敬遠されるようになる」

 

あいつどんな育ち方してきたんだよ!信用できない!かわいそうに、まずいまま大人になってしまったんだね。そこまできたらもう手遅れさ。

 

「シンプル様、そもそも、あの人オシャレだなというのは人はどう判断しているのです?」

「それはね、敗北って感情から来ているのだよ」

「それぞれの頭の中にあるオシャレという抽象的概念を目の前の人物に当てはめて、それに近ければ近いほどその彼や彼女はおしゃれということになるのだよ。青山君、君はランウェイを歩く上半身裸のモデルをオシャレだと思うかい?」

「思わないですね」

「でもオシャレだと思う人もいる。例えばものすごくファッションに興味のある人たちはオシャレだと思うかもしれない。ところが君は思わない。君の頭の中にあるオシャレという概念から離れすぎているからだよ」

 

「敗北ってのは何ですか?」

 

「それはね君は君の中にオシャレの究極的なカタチを持っていて、つねにそれを追いかけ続けているのだけど、一向にたどり着けない。それは何も服のせいだけではないよ。髪の色、目の大きさ、鼻の高さ、身長、そういう様々な要素が、いわゆるコンプレックスと呼ばれるものが、君をいつでも阻んでいるのさ。ファッションというのは洋服だけで決まるものではないよね?そこに君の理想に近い人物像が現れたらどうだろう?その人が君のファッションの系統と同じだったら、君は負けたって思うんだ。あなたはオシャレねって思うんだ」

 

「そういうものですか?」

 

「まぁただ私の考えを述べたにすぎないよ。結局のところ正解はないのだからね」

 

話をまとめよう!

「良い人生経験が増えれば増えるほどに、外見上はよりシンプルにシンプルになっていく。外見よりも中身で評価されるステージに入るからだ。そこでチャラチャラしている人間は信用されないため淘汰されていく。中身のある人間は自らの内面に目を向けさせるために外見の無駄を極限まで極限までそぎ落としていく。オシャレとは生き方のことだよ。まさに素材を活かした料理ってやつだ。そこから生まれるのがオーラといった、いわゆる大物の雰囲気であり、スタイルのある色あせないオシャレというものである」

 

 

「さぁ夕食を楽しもう!」