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今を大切に生きるとは吐くまでチョコレートを食べることではない

2017年9月15日

今を大切に生きるとはあなた自身がベストな選択をすること


「テレビ見ない生活なんてつまらないでしょう?」

そうですか?そうでもないですよ。

「今夜は飲みまくって朝までクラブで踊るの!私は今を大切にするから!青山君は家で本ばっかり読んでてつまらなくない?」

そう?そうでもないよ。

 

今を大切に生きるってなんだろう?

 

人間は必ず死ぬ。犬や猫も、生きているモノは必ず死ぬ。必ず。必ず。確実に死ぬ。言ってみれば、それがいつかどうかというのに過ぎなくて、それは明日であっても不思議ではない。それを思う時、人はいつも言う。「今を大切に生きよう」と。

 

 

必ず死ぬから好きなことをして生きよう!

必ず死ぬから嫌なことには嫌だと言おう!

たった一度の人生だから全力で生きよう!今この瞬間を精一杯生きよう!

 

 

でも現実は、

 

多くの人たちが今この瞬間を苦しみ、己のいる環境を嘆き、中には自らの命さえ投げ出す者もいる。

 

たった一度きりの人生だって、さっき言ったばかりじゃないか・・・・・・。

 

 

例えばゲームが好きなある人がいて、私は全くゲームをしないのでわかりませんが、そのある人はゲームをしている時間がもっとも幸せな時だとして、じゃあその人が今を大切に生きようと言う時に、それならゲームを死ぬまでやり続けようとなるだろうか?

 

私は飼い猫と遊ぶのが大好きで、もう好きで好きでたまらないのだけど、じゃあ今を大切に生きようという時に、死ぬまで遊んでいられたら幸せだろうか?

 

今を大切に生きるとは、好きなことをやり続けることだろうか?嫌なことを避け続けることだろうか?

 

例えば仕事するのが大嫌いだと言う人がいて、休みの日はものすごくテンションが高くて、休みが終わるとテンションが下がるという人がいて、その人は仕事を辞めることで幸せになれるだろうか?

 

 

「青山君は勉強が楽しいの?(笑)」

 

 

 

もしも目の前に遊園地と図書館があったとして、どちらか一つを選んでその場所で一日過ごしなさいと言われて、その時に、「あなたは必ずいつか死ぬのですよ。それを踏まえて選びなさい」と言われたとき、多くの人たちは遊園地に入っていく。仕事から帰って何も考えずにテレビをつけるように。そうして彼らは今を大切に生きていると言う。好きなことをするべきだと言う。

 

私青山は図書館に入る。私自身の選択で。自分は必ず死ぬということもちゃんとわかっている。それをわかったうえで選択をする。たまには遊園地に入ることもある。でもほとんどの場合図書館にいたほうが落ち着く。私だって変態じゃないから、遊園地が楽しいということを知っている。それでも図書館に入る。今この瞬間とは言ってみれば点にすぎなくて「今を大切に生きよう」と声に出して一歩歩けば、「今を大切に生きよう」と考えた自分は過去のものになる。そして今はこの瞬間に再び点でしかなくなる。その点を繋いでいくのは過去ではなく未来の自分であるはずだ。「い」と発声したときの自分を「う」と発声する自分に繋げるまでにさえ、もう時は確かに流れていて、「今を大切に生きよう」と意気込んだはずなのに、もうそこにはそのときの今はない。もっと言うとそれを声に出そうと指示を出した自分はもうとっくに過ぎ去っている。それはもう過去でしかなくて、死んだ時間でしかない。時間はそうやって流れていくのだから、「今を大切に生きよう」と考えるであろう未来のあなた自身のために今日は、今この瞬間はあるべきなのだ。「今を大切に生きよう」と考えたときには、「今を大切に生きる」ことなどできないのだ。

 

ゲームを死ぬまでしていたい。ずっと猫と遊んでいたい。毎日が休日だったら良いのに。

 

今を大切に生きたい。今から旅行に行きたい。今からデートしたい。でもそれができない。会社に行かなければならない。あと数分したら家を出ないと。なぜ?なぜだろう?なぜ今を望むように生きることができないのだろうか?(明日死ぬかもしれないと思っていても心からそう思えないというのも確かにある)

今この瞬間の自分は、それは過去の自分の選択の結果だ。過去の己の選択の結果、今日も嫌な会社に行かなければならなくなっている。それにもかかわらず相変わらず今この一瞬をなんとなく生きるから、テレビなんか見るから、未来に自分が思うであろう「今を大切に生きたい」という願望が叶うことはない。今を大切に生きるには、過去に種を蒔いておかなければならなかったのだ。

 

つまりは「今を大切に生きよう」をカタチにするためには、今日この瞬間に何をするかが何よりも大事なのだ。今という点はその先(未来)のためにある。それだから何かを成し遂げたいのなら、今この瞬間にできることが重要な意味を持つのである。

 

「今を大切に生きよう」とは、過去の自分が未来の自分に贈るビジョンとも言い換えられる。

 

そしてこのビジョンのために、

 

今何ができるか?この選択は最善か?という問いかけが必要なのである。今この瞬間に、会社員が電車で押しつぶされそうになっているまさにその時に、寝ていたり、飛行機に乗っている人たちは、かつて遊園地と図書館の2択で、図書館を選択し続けた人々なのだ。今を全力で生きるためにテレビを全力で見るのいい。でも、そしてあなたの人生は変わらない。おそらく明日はやってきて、また同じような朝が来る。それがベストな生き方だと言うなら、それもまた幸せのカタチではある。でもそう思えないなら、今は未来のためにあるべきなのだ。

 

 

この選択は未来の自分を喜ばせるだろうか?

 

 

この自らへの問いかけがYESだった時、

 

 

我々は今を大切にしていると感じるのだ。

 

 

「青山君は勉強が楽しいの?(笑)」

 

 

うん。今この瞬間のベストがこれなんだよ。君と同じさ。