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「消費社会を超えて行け!」ミニマリズムとシンプル様

2017年9月18日

どうも

青山です。

高校生の頃、自分の部屋を「何もない状態にしたい 」という衝動にかられた私青山は、それ以降ミニマリストとしての道を歩むことになりました。

本棚にあった大量の漫画を全て処分し、ゲームを処分し部屋の中のモノを全てなくそうと奮闘しました。

本当は全く何もない部屋を目指したかったのだけど、ベッドなどにはさすがに必要性を感じ、仕方なく置いておくことにしました(笑)

 

ミニマリストは強い

これは私の考え方というよりかは、もはや生き方に近いものであります。

ミニマリストは災害に弱いとかなんとか言われたりしますが、それでもなおこの生き方を求めてやまないのです。


 

 

やぁ青山君!

わかってきたようだね!

シンプル様は今日もオシャレだ!ピッタリとサイズの合ったジャケットをまるで体の一部かのように着こなしている。

 

「この社会には本当に必要なモノはほとんどないのだよ」カフェラテを片手にシンプル様は言った。今日はシロップを入れていなかった。

「君が必要だと思っているものは、君が必要だと思い込まされているものと言い換えることもできる」

「かつて青山君、君は私にこう言ったね」

「生きるために会社で働いている」と。

 

「君の言う生活とは、おいしいものを食べ、オシャレな洋服を着ることかね?君が恐れているのは、生活ができない=死ぬということではない。君が本当に恐れているのは、君の今の生活が維持できなくなることだ。人は何かを得ることよりも、失うことのほうにより敏感だ」

「そしてそれは他者から植え付けられた常識に過ぎない。君はずっと言われてきただろう?『欲しいものが買いたければ働きなさい』、『おいしいものが食べたければ働きなさい』と。働くというのは何も、嫌な仕事を我慢してやりなさいということではないのだよ。皆我慢して働いているだって?本当に好きなことをしている人は少ないだって?働かなければ生きていけないだって?君にそう言ったのは誰だね?思い返してみなさい」

「君は嫌な仕事をして、君自身をすり減らして、それでたまにおいしいものを食べたり、新しい洋服を買えればそれで満足かい?よく考えてみなさい」

「君は君の望むものを追いなさい。君が思うよりも、ただ生きるということへのハードルは低い。この日本ではね」