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子どもは着たい服を着る。大人は人にどう見られるかで服を選ぶ

2018年10月8日

本当はもっとオシャレになれる全ての大人へ。最近落ち着いてしまっていないだろうか?

量産型の大人たち

大人になると私服を着る機会が減ったりする。週5日勤務でスーツで通っている会社員なんかはとくに。

私も会社員時代はスーツで通勤していたから、私服を着る機会って本当に週2日の休みの時くらいで、だから洋服を全然買わなかった。

スーツ自体が悪いとは思わないけど、大人ってなんか皆同じに見える。スーツはもちろんだけど、私服の時でさえも。全体的に色のトーンが暗いというか。

「影かよっ」ってツッコんでしまう。

 

奇抜な服がオシャレだとは思わないけど、世の中にはいろんな服があるのにもかかわらず、大人ってなんか多くの人たちは、同じ洋服を着ているように思う。それってなんか、パッとしない生き方を反映しているように私には思える。

皆目立たないように目立たないように生きて、毎日を無難に生きようとしている。私は大人が着る地味な服に、その生き方が反映されているような気がしてならない。

 

子どもは着たい服を着る

それに対して子どもって、好きな洋服を着る。

子どもの洋服は親が選ぶことも多いだろうから、それが全て自分の意思ではないのだろうけど、彼らはたとえ奇抜な洋服でも、ドレスのようなパっと目を引く服装であろうとも、平気で着こなしてしまう。

それはたぶん彼らが、まだ恐れとか恥ずかしいとかそういう気持ちを知らないからだ。日本という国は、出る杭は打たれるという風潮があるが、それでも子どもの間は基本的にはそういう害からは無縁でいられる。

だから子どもたちは好きなことをして、好きなことを言って、好きな洋服を着る。

 

だけど大人になると、ほとんどの人たちは、この国では出る杭は打たれるということを知る。

 

たとえばそれは、かつてライブドアのホリエモンが、公衆の面前で絶頂から一夜にしてどん底に落ちたといったようなことを目にしてきたというのもあるし、たとえばそれは、就職活動の時期になったら全ての就活生が髪を黒く染め、真っ黒なスーツを着るという日本の習わしの影響もあるかもしれない。

 

原因は人それぞれだろうけど、多くの大人はその成長過程で極力目立たないように生きることが、この日本社会でうまくやっていくための得策だと気付く。

 

だから、発言もやることも着る洋服までも、好きなことではなく、まわりの皆がそうだからという基準で選ぶ。

 

私はそれって、自分の気持ちを抑え込んだすごく退屈な生き方だと思う。

 

たとえば真っ赤なコートを着て街中を歩くとけっこう目立つ。

「ちょっと自分浮いているんじゃないか?」とさえ思ってしまったりする(笑)

 

でも人にどう思われるかを気にして選んだ服ではなく、かっこいいからという自分の基準で選んだ服を着て外出するのはすごく気分がいい。

 

こういうふうに自分を出すということは、所詮小さなことでしかないかもしれないけれど、「まわりがどう思うか?」ではなく「自分がどう思うか?」という意識を持つことで、少しずついろんなことに対して自分の人生を生きることができるようになっていく。そうしたらもっと人生は楽しくなるし悩みだって少なくなる。だから私は着たい服を着る。

ドレスを着て無邪気に笑う子どもを見かけて、こんなことに気付いた。