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ブログとは偏見の塊のことである

指原莉乃さんは総選挙1位になるほどの人気アイドルですが、同時にかなりの数のアンチがいることでも有名ですよね。

あなたはどう思いますか?

私は美人だと思ったことはありませんが、自分の魅せ方がすごいうまいので、動向がつい気になってしまいます。

今回はブログを運営していくうえでの支持者と批判者についてなぜか書きます。

 

ブログは【偏見の宝庫】


私は今こうしてブログの記事を書いていますが、私が考えるブログとは、【語り手の偏見の宝庫】です。

例えば、『ワンピース』の考察ブログなんかや、純粋なお悩み解決サイトであれば違うのかもしれませんが、語り手の主張が全面的に出ているブログに書かれている記事は、語り手のフィルターを通して導き出されたものです。

 

例えば、

私は女優の長谷川潤さんが美人だと思います。

でも、

ダレノガレ明美さんは美人だと思いません。なんか般若っぽくないですか?

 

一般的に言えばもちろん美人の部類に入るでしょう。でも私はそうは思わないのです。

 

それは、一般論ではなく、私の目を通して見た主観論です。

 

このように、ブログでは、データとして正しいものではなく、語り手のフィルターを通した主張が描き出されます。ブログに溜まっていく毎日の記事は、まさに、語り手の偏見の塊なのです。

 

なぜ語り手は自分の思いを吐き出すのか?


熱狂的な読者を獲得するためです。

今回の場合であれば、同じように長谷川潤さが美人だと思っているなら、読者になってもらえるかもしれません。

あるいは、私がダレノガレ明美が美人だと思わない理由に賛同してくれた人や、確かに、話を聞いてみると、たしかにダレノガレ明美って美人じゃないかもと思った人は、それ以降熱狂的な支持者になってくれるかもしれません。

 

芸能人の誰が美人だそうじゃないというのは、じゃあこの人はこういう人という括りができるものではないので、それだけで、この人のブログ好き・嫌いと判断できるものではないかもしれませんが、語り手の主張に賛同してくれる人、語り手の主張に感化された人は、語り手の偏見に興味を持ったということになります。

例えば、Amazonや食べログのレビュー、

ちょっと例えが弱いかもしれませんが、この人のレビューが知りたい、この人が言っているから信用するといったことってありませんか?

それこそまさに語り手の偏見への支持者です。

 

「この人がおいしいって言ってるから絶対おいしいわ」とか、「この本欲しいんだけど、この人は読んでるかな?調べてみよう」とか、

 

我々(もしもあなたがブログをやっていたら)は、読者にとって頼りになる存在を目指さなければならないのです。

 

支持者のいるブログとは?


私がブログを研究する中で気付いたのは、

熱狂的な支持者が存在するブログは総じて色(個性)が強いということです。

逆に、支持者のいないブログは色が薄いです。

 

支持者のいるブログは、主張に一貫性があります。そして、人があまり言わないようなことや、ヒヤヒヤするようなことを平気で主張しています。

 

例えばあるブログで、「男は年収1000万円以下はクソ」だと主張していたとして、もうまさに偏見そのものですし、ブログ運営を通して一貫してその主張を貫き通します。言ってみれば、そういうキャラクターを確立しているんですね。

そのブレない主張に対して、「私もそう思う」とか「聞いてみたら納得」とか、単に興味本位の人もいますが、支持者になっていくのです。

 

逆に、支持者のいないブログは、

「男の年収は1000万円以上が当たり前」と言っておきながら、「まぁでも頑張っていればカッコよく見えるから構いません」といったように、主張に一貫性がなく、批判を恐れて主張に逃げ道を作っていたりします。

まとめ


偏見に偏りがあるほど、少数の強烈な支持者を生み、多数の批判者を生みやすくなります。逆に、偏見を抑えれば抑えるほど、誰にも響かないブログになります。

というわけで、

私の【偏見の宝庫】を今後もよろしくお願いいたします。