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あえて生きづらさに飛び込むという自己啓発

2017年9月14日

世の中には数え切れないほどの自己啓発書が溢れている。

毎日のように自己啓発セミナーが開かれている。

自己啓発書というのは、ちょっとしたドラッグのようなもので、もっと身近なもので言うならばお酒のようなものだ。楽しく飲んで酔っている間は、まるで自分がスーパーマンにでもなったかのような錯覚に陥る。なんでもできる。どんな壁も超えていける。ところが酔いがさめると、いつもの頼りない自分に元通り。こんな生活を続けていても意味がないとわかっているけれどやめられない。ダメな自分すら愛しているとでも言うかのようにまた同じことを繰り返す。

 

 

まわりに感謝しよう。

一生懸命やろう。

友達をたくさん作ろう。

 

どこにでもある不変的なメッセージは、受け取り手次第でゴミのような陳腐なメッセージと化す。

 

 

はいはい

わかったよ

ありがとう

 

 

いつかできたらやるよ・・・・・・

 

 

そのいつかは永遠に来ないということを、書き手も読み手も薄々は気付いているのだろう。

 

誰の人生も変えられない。誰の人生も変わらない。

 

 

 

私青山がこれから話すことも同じような道を辿るかもしれない。あなたがこれからもマジョリティとしての居場所に安心感を感じ続ける限りは・・・・・・。

 

 

『あえて人生を終わらせるという自己啓発』


 

これが今回のセミナーの主旨です!!

ホワイトボードにどでかく書かれたタイトル

 

はい皆さんご一緒にー!

 


  • 『あえて人生を終わらせるという自己啓発』

 

 

さっそく始めていきましょう。

 

世の中にはどうも、何でもかんでも頑張ればいいという美学が蔓延している気がしてならない。

 

 

子ども「学校に行きたくない!」

親「行きなさい!」

ニート「働きたくない」

親「働きなさい」
社会「クズ!ゴミ!」

 

 

物事には必ず理由がある。

学校に行きたくない理由

就職したくない理由

学校に行けない理由

就職できない理由

 

 

本人自身がよくわかっていない場合もあるし、聞いたところで本心を話してくれるとは限らない。

 

 

ほとんどの人間は自分の理解できないことを認めようとしない。

自分は真面目に学校に通って勉強をしてきたのに、行かないという意味がわからない。自分は真面目に就職活動をして働いているのに、会社で働かないという意味がわからない。

 

意味がわからない。

理解できない。

理解できないものは排除する。混乱した彼らは攻撃するか、その人を説得にかかる。

 

学校に行かなければまともな大人になれない。真面目に勉強しなければ大企業に入れない。就職活動に失敗したら人生終わり。何の根拠のないものをひとつの答えでもって窒息するほどの力で押し付ける。

 

 

そしてそこに待っていたのは、

 

出口のない絶望のトンネルだった。

 

 

人間は誰もが機械のように敷かれたレールの上を歩けるわけではない。

 

いじめを苦に学校に行けなくなる子もいるし、圧迫面接をトラウマに就活をやめる学生もいる。そもそも何もかも指示された通りの人生を歩んだところで、立派な大人になれるという保証はない。

 

これといって挫折もなく人生を歩んできた人が、ある時道を踏み外すと・・・・・・。

 

彼の前に待っているのは、

人生終わりという誰かの根拠のない言葉だけだ。

 

その人生を選択したのはあなたなのだから、そうなったのも全てあなたの責任でしょ?

 

たしかにその通りかもしれない。でも一つだけ考えてほしいことがある。

 

それはかつては誰もが幸福な生活を望んでいたということ。

 

真っ暗な部屋で朝が来るまで泣いていたいと思う人はいない。いくつものエラーが重なって、いや、彼らがエラーと考えてしまっているものが重なって、彼らはその苦しい立場に流れ着いた。

 

私青山は、その原因は受動性(選択してこうなったわけじゃないという意識)と耐性のなさにあると考えている。

 

私にはニートの期間があるけどちゃんと社会復帰できたし、引きこもりの人たちで今現在立派な人たちはたくさんいる。

 

人生は終わらない。死ななければ人生は終わらない。どれほどの絶望が迎えに来ようとも、人生は続いていく。既卒になっても、会社をやめてもそんなことは大したことじゃない。

幸福度の低い人たちは、誰かにもたされたイメージに生かされているに過ぎない。テレビに出てるような美人やイケメンが正義。仕事や恋に一生懸命な人が正義。オシャレな場所に住み、オシャレな家具に囲まれた生活が正義。

 

メディアの正義はいつしかあなたの首を絞めるようになって、今にも鬱になりそうなほど仕事に嫌気がさしているのに、今の生活を失うことに恐怖を感じそこにしがみつこうとする。

 

 

だからこそ、

 


  • あえて人生を終わらせるのである!世の常識に歯向かうのである。誰かに植え付けられた理想の人物像をぶち壊すのだ。

その方法は何でもいい。

会社を辞めてみたり、女装してお姉言葉で話してみたり(笑)、自分という人間の誰かの決めつけをぶち壊すのだ。あえて生きづらさに飛び込むことで、自分がいた場所のイージーさと誰かの言葉のウソをようやく知るのである。