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勉強をしなさいと言われたことが、そういえばない気がする

大人になってからも勉強し続けることが出来る人たちには、2つのタイプがいると私は考えている。

学校を卒業してからも勉強を続ける人と続けない人の違い

私としてすごく驚くべきことなのですが、学校を卒業して社会に出ている人たちの多くは、自分の価値を高めるために本を読んだりしないらしい。

年間一冊も読まない人たちもけっこういるらしく、本を読んだとしても、それは漫画に限ると言う人たちもたくさんいる。

 

「本一冊に1000円以上かけるのが考えれない」という人にも出会ったことがある。でもそういうタイプの人たちは、洋服一着に1万円以上を平気で使ったりする。キャバクラの1晩で、何万円と使ったりする。成功している人がそういうお金の使い方をするのは問題ないけど、「お金がない」とか言いつつ、そんな生活をしている。

 

あなた自身やあなたのまわりの人たちはどうでしょうか?

 

私自身は新しいことを学ぶのが好きで、今でも毎日のように本を読んでいる。私のまわりにも、学ぶことが好きな人と嫌いな人たちがいる。

 

私はふと気になって、大人になってからも学ぶのをやめない人とやめてしまう人の違いについて考えた。

大人になってからも学ぶのをやめない人には2種類いる

まず1つ目のタイプが、「勉強ができること」が当たり前の環境に育ったタイプの人たちである。

このタイプの人たちは、高学歴の家系であることが多い。そして職業に関しても、医者や弁護士など、学校のテストで良い点を取るといった頭の良さを求められる職につく傾向がある。

彼らの価値感は、勉強をすることあ当たり前だというものだし、テストの点数が高いことが子どもの頃のアイデンティティだった人たちもいて、そういう人たちは、経済的な成功とは程遠いながらも、大学に留まり続けたり、不合格を繰り返しながら高難易度資格に挑戦し続けたりする。

仕事をせずに勉強だけをやり続け、それでも高難易度資格に落ち続ける人たちは、テストで良い点を取ることが人生を逆転させる手段だと信じ続けている人たちである。それでうまくいくこともあれば、大変なことになってしまうこともある。

私が過去に出会ったある人は、高難易度資格に落ち続け、気付けば一度も働いたことがないまま30歳を迎えてしまっていた。

 

もう一つのタイプは、学ぶことは何かの目標達成のための手段であると考えている人たちである。

このタイプの人たちは自主的に学ぶ。起業するための学んだり、経済的独立を達成するための投資のために勉強したりする。

このタイプの人たちは、特別学校的なテストの点数の良さにこだわらない。それよりも「何を学べるか?」に焦点を置く。

学校を卒業すると同時に学ぶのをやめる人たち

これはあくまでも私個人の意見だけど、学校を卒業すると同時に学ぶのをやめる人たちは、勉強は「しなければならないもの」だという思考を持っていて、かつ「あまり結果がでなかった」人たちだと考えている。

 

勉強は嫌なものだと思い込まされている人たちは、子どもの頃のどこかのタイミングで、何らかのきっかけによって「勉強はしなければならないもの」だという思考を持たされてしまった可能性が高い。

それは「宿題をやりなさい」という言葉かもしれないし、テストの点数が悪かったことで怒られたという経験かもしれない。

 

でも仮に、「勉強はしなければならないもの」という思考を持ったとしても、テストの点で良い点を取って褒められたり、何か良いことがあったりすれば、そこまで勉強に嫌悪感を持つことはないだろうし、勉強は何かを良いことを達成するための手段であるという考えを持つことができる。

それができないのは、勉強をすることで良い結果を得た経験がないからだと私は思う。

 

「勉強をしなさい」と言われたことがない

そういえば私は「勉強をしなさい」と言われたことがない気がする。

両親に言われた記憶がないし、学校の先生に面と向かって言われた覚えもない。学校の先生がクラスのみんなの前で「勉強をしないと良い会社に入れない」と言うことはあったけど、そもそも先生の話をまともに聞いた覚えがない。

中学の頃は所謂不良にくくられる存在だったから、授業に出ないことも多かったし、先生にも嫌われていただろうから、あまり面と向かって話すこともなかった。小学校や高校の頃も先生の話をちゃんと聞いていた覚えはないけど、テストの点は良かったし、たとえば夏休みの宿題は夏休みに入る前に終わらせていたから、「ちゃんと勉強をしなさい」と言われることもなかった。

 

私にとって学ぶことは、いつでも手段に過ぎなかった。

 

たとえば、クラスで誰が一番点数が高いかを発表する教科に絞って全力を出し、高得点を取ってクラスで目立とうと画策したり、入れるレベルの高校ではなく自分の行きたい高校に入るためだったり、お金持ちになるための起業のための勉強だったり。

私にとって学ぶことはいつでも目的達成のための手段だった。

 

学校の先生が、安定的な大企業で働いていない今の私を見てどう思うか?はわからないけど、でも少なくとも、今も私は学び続けている。しかも自ら学んでいる。

そしてそれは私個人の意見として、子どもの頃に「勉強をしなさい」と言われたことがなかったことが理由だと考えている。