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酸っぱいブドウじゃ、死ぬときに後悔する

 

ふと、「1ヶ月で何冊くらい本買ってるんだろう?」と気になって、先月買った本の冊数を数えたら75冊くらいでした。何か気になることがあると、「どうしても知りたいっ」となって、気になって仕方ないんですよね。今は、『ハリガネムシ』の生態が気になっています(笑) ハリガネムシって知っていますか?寄生虫の一種で、その名の通り見た目ははりがねみたいで、主にはカマキリに寄生して生きているのですが、ものすごい不思議な生き物です。子どもの頃に、ハリガネムシを見て、「この生き物スゴイっ」と思い続けてから、未だにその思いは消えていません。


 

イソップ寓話の『すっぱいブドウ』のお話をご存知でしょうか?

 

 

狐が、高い木に実ったブドウを食べるために取ろうとするのですが、なかなか取れない。ついには狐はそのブドウを取るのを諦め、その時こう考えるのです。「あのブドウはきっと酸っぱいに違いない」と。

 

日常生活を送っていると、これと同じようなことはたくさんありますよね?

 

例えば学校や会社にものすごい美人がいて、イケメンがいて、その人と付き合いたいと思ったとき、「あの人はモテるし自分じゃ無理だ」と考えて、その自分の考えを正当化するために、「きっと裏の顔があるに違いない」なんて考えて、諦めるといったようなことが、あると思います。

 

実際に自分の目で見たわけでもないのに、諦めるわけです。

 

 

会社の外に自由な世界があると誰かに聞いても、「そんなのウソだ」、「ほとんどの人が失敗するに違いない」と、戦おうとしないのです。

 

そんな過去は私にもありますし、きっとあなたにもあることと思います。

 

 

私には、世間に声を大にして言えるような成功体験はありませんが、自分の中の目標はいくつも達成してきました。何度やってもうまくいかなくて、時には自分には無理だと、恥ずかしながら涙を流して、それでも自分で決めたことは、最終的にはやり遂げてきました。これから先も数え切れないほどに達成して達成して達成しまくるつもりです。中には、誰かが「酸っぱいブドウ」と呼ぶような目標も達成してきました。

 

その度に私は思ったものです。

 

 

なぜ皆、自分の目で見てみようと思わないのか?と。私は不思議でならないのです。

 

なぜテレビドラマなんか見て、お気楽に他人の人生を楽しんでいられるのか?と不思議なのです。

 

何かの出来事に対して、インターネットや本で、その結果は知っていると言う人もいるかもしれませんが、実際に経験するのと、知っているだけというのじゃ、えらい違いがあります。

 

例えば、あなたが美人と付き合ったことがないとして、でも美人と付き合うということがどういうことか知っていると言い張ったところで(ネットで得た、美人はモテるから安心できないとかお金がかかるとか)、そんなものに価値はありません。実際に付き合ってみて初めてその答えを知るのです。ネットにあるのは抽象化された情報に過ぎません。現実はもっと具体的です。Aちゃんは美人で性格が良いとか、Bちゃんは美人で浮気性だといった具合に。

 

現実の世界のAちゃん、Bちゃんという具体に触れてこそ、あなたは物事の意味を掴むことができるのです。

 

Aちゃんと付き合いたいのに、自分に自信がないとか、うまくいかなかったらその後が気まずいとか、マイナスなことばかり考えて、その結果、Aちゃんは他の誰かと付き合うことになって、あなたは1人寂しく休日を過ごすか、それほど好きでもない人と何となく付き合って、そんな人生ですが、精一杯生きていると胸を張れますか?

 

「失敗は恐い」

 

それはおそらく多くの人が思っていることでしょう。

 

 

でも失敗は大した問題じゃない。

 

 

それよりも、自分にウソをついて生きていくことのほうが問題です。

 

本当は何かをしたいのに、行動しなければ、ずっと「自分の人生何か違う」といった思いを抱えながら生き続けることになります。何を恐れているのですか?これまでだってたくさんの「ブドウ」を、本当は取りに行けたのに諦めたことで後悔してきたんじゃないですか?「あの時もっと勉強していれば」、「あの時告白していれば」。いつまで同じことを繰り返すのですか?いい加減気付かなければあっという間に歳をとってしまいます。

 

「あのブドウは酸っぱい」と決めつけてはいけません。本当にそのブドウを食べたいと思ったら、全力で取りに行くべきです。まわりに笑われても気にする必要はありません。そういう人たちは、「ブドウ」を取りに行くエネルギーがないから、取に行こうとする人が気にくわないだけです。

私はその「ブドウ」がきっと甘いと信じます。少なくとも、「酸っぱいだろうから諦めよう」とは思いたくありません。たどり着いて酸っぱかったら吐き出してやればいいんです。たどり着けたということは、少なくとも、何もやらない人たちよりは成長できたということですし。だからあの「ブドウ」を目指しましょう。

だって「酸っぱいブドウ」と決めつけたんじゃ、死ぬときに絶対後悔しますよ?