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人生とは言わばトンネルの入り口を見つけて出口に向かうようなもの

2017年9月17日


嫌なことをやり続けると、例えば仕事が嫌だと思いながらもズルズルと続けてその嫌な場所に通い続ければ、いずれは心や体に支障をきたす。何をしても楽しいと感じなくなり、異性を前にしてもドキドキせず、終いには死にたいとさえ感じるようになる。死んだほうがマシだと、生きている意味はないと。

そんな生気の失った顔は現代では珍しくはない。どこにでも溢れている。ほら、そこにも。もしかしたらあなただってそうかもしれない。鏡を見てみればそれもわかるだろう。

 

 

ところであなたには、

 

 

あなたには生きる希望があるだろうか?

 

 

私青山はかつて仕事が嫌で嫌で仕方なかった。正確には働くことが嫌だったわけではない。会社が嫌で嫌で仕方なかった。パシリのように使われる。誰もが仲間の悪口ばかり。昼を落ち着いて食べる時間もない。新しく人が入ってもすぐに辞めていった。そんな職場に心から嫌気がさしていた。

 

 

でも、それでも私は折れることはなかった。

 

 

なぜだろう?

なぜだろうか?

 

 

 

私は会社の外にも自分の世界を持っていた。自分の選択で自らの人生を生きていた。会社は嫌だったけど、会社での生活が全てだと考えたことはただの1度もなかったから、心は軽くいられた。ニート時代に旅行先で、駅で1晩を過ごしたことがある。そんな思い出に耽ると、いつでもまだやれると思う。仕事なんか失っても、家なんかなくなっても、貯金なんか0になっても生きていけると思う。上司に怒鳴られても、お客さんに怒鳴られても、明日もまた生きていけると思う。暗闇のトンネルには必ず出口があるということを知っている。

 

どんな時でも希望を抱き続けていた。必ず幸せになれると信じていた。同じように苦しい立場にいる人たちを救い上げることが、いつか自分の使命になると信じて疑わなかった。

 

 

人は希望を持ち続ける限り終わらない。

 

それは何でもいい。就職したら彼女ができるかもしれない。試験に合格したら好きなアーティストのライブに行って思いっ切り騒ぐ。それは何でもいい。

人は希望を追い続ける限り終わらない。

 

 

何でもいいから信じるべきものを見つけよう。それが前に進むための原動力になる。たどり着いた先に何もなかったらって?

 

そしたらまた探しに行こう!

 

宝箱の中身が空だったり、欲しいものが入っていなかったりしたときは、また新しい宝箱を探しに行けばいい