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無職でも幸せになっていい

日本には、真面目に生きていない者は幸せになってはいけないという決まりでもあるのでしょうか?

日本人は基本的にものすごく真面目です。既卒になってしまったり、ニートでいるときに、もうそれだけで十分苦しんでいると思うんですよ。まず社会の目の厳しさがありますからね。毎日死にそうになりながら出勤しているサラリーマンは、基本的に働いていない奴=ダメな奴という認識でしょうからね。彼らには、何かを変える勇気や力がないので、より弱い者を叩いて安心しているだけです。会社では、上司やお客に頭が上がりませんからね。「働かずに家にいれて楽だな」というのも、個々の家庭事情にもよりますが、全然楽じゃないですね。私は働かずに生きるというのは、ある意味強靭なメンタルがなければできないことだと思っています。働いたことのない人は、「社会に出て働くのって怖い」と思っているかもしれませんが、どちらも経験した私にしてみれば、ニートでいることのほうが、強いメンタルが必要だと思いますよ。

 

現状として働いていない人は、世間からの目もさることながら、自分自身でも自分を追い込んでしまう傾向があります。いわゆる自己嫌悪ってやつですね。「自分はダメな奴だから幸せになる資格はない」と思ってしまったりもします。どこかに遊びに行っても、単純にお金の心配もありますが、「皆が働いている時に・・・」なんて真面目だから考えてしまうのです。実際は全く気にすることないんですけどね。働いているって言っても、みんなそれほど大したことしてないですよ。サボることばかり考えていたり、言われたことを何も疑わずにやっている奴らばかりですから。

 

私もかつては、真面目に生きていない奴は幸せになる権利がないと考えていました。他の人のことをそう思っていたのではなく、私自身のことを思っていました。

 

私は、マラソンや筋トレなんかをするときも、もしものどが渇いていたとしても、もうちょっと我慢して課題をやり切って、その後に飲む冷たい飲み物を想像してモチベーションを上げるというのが好きです。今飲むよりも後で飲むほうがきっとおいしいと信じていろんなことを我慢してきました。

ニートでいたときも、手帳には、「就職したらやりたいことリスト」を作っていました。

 

でもその後に就職してみて気が付いたのは、みんな大したことをしていないということでしたし、自分の人生を最大限楽しもうとしていない奴らばかりだったし、社会一般で言うところの、「働いていない奴はクソだ」というのは、何もできない自分たちという問題から目を背けるためのものでしかなくて、私に言わせれば、むしろ「あんたらのほうがよっぽどクソだし、人生諦めてんじゃん」という考えに変わりました。

 

だから私は、どこにいても何をしていても、人生を楽しんでいいと気付くことができました。何も変わらなかったんです。あなたは何か自分の置かれた状況が変われば、人生が大きく変わると思っていますか?たしかにそういう面もあります。でも大事なのは、そのいつかを待ち続けるのではなく、今できることをすることです。そのステージには、そのステージの課題があるのです。例えば、営業マンとして雇われたら、最初の課題は、1件の契約を取ることでしょう。もしも1件の契約を取れたら、きっとすごくうれしいでしょうし、自信もつきますし、自分に何かご褒美をあげたくなるかもしれません。それはそのステージの課題です。

 

そして、その課題は、仮に働いていないというステージにも存在します。例えばそれは、ハローワークに利用登録するというのかもしれませんし、資格に合格するということかもしれません。何かはわかりませんが、必ず課題は存在するのです。そして、その課題をクリアした自分に、幸せになる許可を与えましょう。「楽しい・うれしい」って笑うことを自分で自分に許してあげましょう。本当に何もせずに、私には幸せになる権利があると、一日中お酒を飲むというのは違いますが、そのステージにある課題をクリアしたら幸せになれるかもしれないと希望を持つことは、会社という組織で働いて収入を得ている人も、働いていない人も何も変わりません。

働いたら欲しいと思っている物、働いたら行きたいと思っている場所、今日叶えませんか?