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大学に行っても意味がないということを皆知っているのに誰もそれを言わない

大学に行ってもほとんどの人はビジネスに繋がることは学べない。

大学に行っても意味がない

日本の大学に入っても意味がないということは、大学に行ったことのある人なら皆が知っている。もちろんこれは極端な話で、中には一生懸命勉強したり、在学中から学生企業などしたりして、学生生活を意味あるものにしようとしている人たちはいます。

 

だけどその他大勢に人たちは、ただなんとなく大学に入って、なんとなく卒業していく。

 

卒業した後に「何を学んできましたか?」と聞かれても何も答えられない。

 

私もそんな学生の1人でした。

 

大学生が大学に入学して何をするのかというと、サークル活動やアルバイト、恋愛、飲み会に精を出します。そして最後に少しだけ残ったエネルギーを使って、留年しないようにテスト前に少しだけ勉強をする。

寝坊したら講義に出ない。めんどくさかったら講義に出ない。私の大学時代の友人の幾人かは、朝からパチンコの列に並び、単位を落とし、そして大学を辞めました。

 

大学に入るために高校受験に必死になり、受験を経て、親に学費を出してもらい、だけどロクに講義を受けず、パチンコにハマり退学する。

私の友人はパチンコでしたが、1人暮らしの家で引きこもってしまったり、アルバイトを頑張りすぎて学校に来なくなる人たちはたくさんいます。

大学とはそういうところです。

 

起業家の自伝を読んでいると、講義に出ずにマージャンをしていたとか、そんな話をよく目にしますが、高学歴の大学でも、そういう例はたくさんあります。

 

大学は自由な場所です。

誰にも「勉強しなさい」とは言われないし、1人暮らしならなおさらです。

だから自由の重みに耐えられない人たちは堕落していくのです。

「とりあえず大学に行っておけば」というアドバイス

中学や高校の先生たちが何を思っているのかはわかりませんが、日本の学校では、未だに安定的な大企業に行くことが正義だという考え方がまかり通っているので、やりたいことが決まっていないなら「とりあえず大学に行きなさい」というアドバイスがされています。

 

たしかに今の日本では大卒の新卒枠があるので、とりあえず大学に入るという選択肢は、可能性を先延ばしにするという意味では理にかなっています。しかしそれはハッキリ言ってただの問題の先延ばしです。

たとえばまだ将来のことはわからないからと、可能性を閉じないために普通科の高校に入ったとします。

そういう人は、高校生活も何となく過ごして、そして何となく出口が広そうな大学や学科を選択します。とくに文系は、私の個人的な意見ですが、どの学科も違いありません。

そして大学生活もただなんとなく過ごして、就活の時期が来たらなんとなくリクルートスーツを着て、フワフワした状態のまま就職活動をして、内定をもらった後、最後の学生生活を楽しんで、どこか腑に落ちないまま社会に出ていきます。

 

社会に出た彼らは、「なんか違う気がする」と思いながら生きるか、3年以内に辞める根気のない奴と嫌味を言われながら、永遠に見つからない楽園を探して転職活動を続けます。

大学では何も学べない

大学では、中学や高校と同じようなただ学校に行って授業に出てテストを受けるという授業態度を改められない人は何も学べません。

 

たとえば会社員は、どんなに仕事ができなくても、営業に行くフリをしてサボっていようとも、クビにならなければ給料を貰えます。

しかしフリーランスが同じことをやったら収入は0です。だけどフリーランスは、どんなに仕事ができなくても、朝起きられなくても、誰にも何も言われません。ただ相手にされないだけです。

例えれば中学や高校は会社員的生活で、大学はフリーランス的生活です。

 

だから中学や高校のように、テスト前だけ一夜漬けで頑張ればなんとか切り抜けれるという思考を持って大学に入る人たちは、何一つ学べずに大学を卒業していきます。

でも大学に行って心からよかったと思っている

少し私の話をすると、私自身はほとんど欠席をせずに大学の講義に出席しました。

夏休みに振り替え講義があった時などは、たしか100人くらい?受講していた講義で出席した生徒は私含め3人だったこともあります。

シュールすぎておいしかったです(笑)

アルバイトも頑張ってリーダーの地位まで上り詰めたし、サークルも何個か掛け持ちし(最終的にすべて辞めましたが)、たくさん恋愛もし、1人暮らしを謳歌し、大学生活を適度に楽しみました。

友だちがパチンコにハマり辞めたので、途中から学内の友達がほぼいなくなりましたが(笑)

 

でもたとえば仕事や、他の大事な何かをちゃんと学べたかは微妙なところです。

もっとセミナーに出たり、人脈を作ったりしたらよかったと今では思っています。

 

でも全体を通して、大学に行ったことは人生において最善の選択だったと思っています。

 

ここが大学不要論の難しいところなんですよ。

たぶん皆、大学に行った人の多くが、ビジネススキルや意義のある時間を過ごせたか?という観点から大学を見た時、「意味がない」ということを知っているのだと思います。

でもじゃあ「大学に行ったことを後悔しているか?」とか「日本に大学は必要ないか?」とか聞かれたら、その答えに戸惑うと思います。

 

それはたぶん、大学には、私たちが子どもの頃から言われてきた「良い会社に入るために良い大学に入りなさい」ということ以外の別の何かがあるからなんだと思います。

 

著者本人(長谷部誠)が意図した解釈と若干異なるとは思いますが、私が好きな彼の言葉を引用します。

海外に移籍した選手が試合に出られなかったら、メディアの人たちはすぐに失敗だったと報じようとする。けれでも僕は全然そう思わない。たとえ試合に出られなかったとしても、貴重な経験をしているはずだからだ。

心を整える/長谷部誠/幻冬舎文庫/平成26年/P266より引用

 

会社で働くという視点から見た時には、たとえば4年間遊び通した大学生活は意味のないものかもしれません。だけど長い人生で見た時には、必ずしも意味がないとは言えない。これもまた真実だと私は思います。

なぜなら人は、そこで何か、どこで役に立つかもわからないし、死ぬまで役に立たないかもしれないけど、でも何かを必ず学んでいるからです。

 

「大学に行っても会社に入って役に立つことは学べないということを皆知っている。だけど人生において大切な何かを学べることも知っている」

これが、大学に行っても役に立たないと薄々気付きながらも、先生が生徒に、親が子供に大学進学を進める理由だと私は考えています。

 

お読みいただきありがとうございました。