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日本で生活していて、肉を食べないということ

2017年5月15日

 

もしあなたが、人から嫌味を言われることに快感を得ることができるなら、あなたの関わりのある人たちの前で、「私は今日から肉を食べません」と主張してみてみればいい。

 

するとどうだろう?

 

それまであなたに好意的だった人までもが、あなたに説教をし始めるだろう。

 

どうやら肉を食べないということは、この日本ではおかしなことらしいのだ。

 

「肉を食べない」という私の主張には、多くの矛盾がある。

 

肉は食べないけど魚は食べる。

絶対に肉を食べてはいけないというルールは課さない。

 

でもそれが何だと言うのだろう?

 

巷には、ファッションとしてのベジタリアンや思想としてのヴィーガンなど、様々な棲み分けがあるけれど、正直興味がない。

 

「植物も生きているけれどそれは食べるの?」

「魚は食べても良いの?」

「革製品はどうなの?」

 

そんな果てのない論争にも興味がない。

 

私は私の理由で肉を食べない。

ただそれだけのこと。

 

家畜の飼育方法や殺され方を知って、憤りを感じるけれど、でもそれで世の中に、肉を食べるデメリット、食べないメリットを発信する気はないし、周りの人たちに説教する気もない。

 

ただ私は肉を食べないだけのこと。それだけのこと。

 

それだけのことなのに、問題は山ほど生まれる。

 

社会の中に一度組み込まれてしまった当たり前は、生活の中に一度組み込まれてしまった常識はそう簡単には捨てられない。日常を変えることはそんなに簡単なことじゃない。

 

 

想像してみてほしい。

 

友人と一緒にファミレスに入って、メニューを開く。

 

「何にしよう?」

 

そこにあるのはほとんどが肉を使った料理で、そうじゃないものを探すほうが難しい。

 

私は魚は食べるので、最低でも1品はあるけど、肉も魚も食べないだとサラダしかないだろう。

 

自分一人なら、「肉を食べない」というのはそれほど難しいことじゃない。でもそうじゃなければ、お互いに不満が募ることは避けれれないと思う。

 

世の中には生き方のレベルで、肉や魚を食べないということを実践している人たちがいて、彼らは彼らなりの考えを持っていて、世界を変えようとしている。アップルの故スティーブ・ジョブズも、生涯を通してかは不明だが、若い頃に『小さな惑星の緑の食卓』という本に出会って菜食主義者になったそうだ。スティーブ・ジョブズの場合は、生き物がどうこうではないと思うが。

いつか彼らが主張するように、「肉を食べない世界」がやってくるのかもしれない。やっぱりやってこないのかもしれない。それはわからない。それが良いことなのかもわからない。生き方を変えるには古い習慣と戦わなければならないって話。

日常

Posted by 青山ゆう