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ウォルト・ディズニー すべては1匹のネズミから

おはようございます!青山です。先日から足の内部が痛くて、病院に行ったほうが良いのか迷っています。

あなたはウォルト・ディズニー・カンパニーの創設者ウォルト・ディズニーにどんなイメージを持っていますか?

明るくて、いつも夢を追っている子どものようなイメージですか?陽気なおじさんのイメージですか?エネルギッシュなアメリカ人のイメージですか?

私が持っていたウォルトのイメージは、いつもニコニコしていて好奇心の塊のようなおじさんでした。この本を読むまでは・・・

創造の狂気 ウォルト・ディズニー

この本で書かれているウォルトは、まさに知られざる面というのでしょうか、私が抱いていたウォルトへのイメージとは違うものでした。ウォルトファンは絶対に読んでおくべき1冊です。他のウォルト関連本とは一線を画するので。600ページ以上あるので本自体が分厚く、その分中身も濃いです。

ウォルト・ディズニーとは?


ウォルト・ディズニー・カンパニー創設者

1901年12月5日生まれ

父イライアス 母フローラ

厳格で節約家の父イライアスのもとで育ち、カンザスシティ(小学校時代)では、毎朝3時半に起床して、父イライアス、兄ロイとウォルトの3人で新聞配達をしていた。しかし、お金はもらえませんでした。このときの経験がウォルトの精神を強くしたとウォルト自身が語っているが、同時にトラウマにもなっていたそうです。かなりハードな子ども時代を想像します。

ウォルトににはロイの他にも兄が2人(ハーバートとレイ)いましたが、カンザスシティの前に住んでいたマーセリーン時代に、兄2人は家を出ていき一家は離散しています。

マーセリーン時代に、ウォルトは芸術に関心を持ち始めます。

高校に進学してからもウォルトの芸術への関心は薄れることなく、校内誌の専属漫画家に任命され、その頃のウォルトのあだ名は芸術家だったようです。

 

後にウォルトは高校退学→兵役志願→一時的に就職→解雇

→同僚のアブ・アイワークスとともに、最初の会社「アイワークス=ディズニー・コマーシャルアーツ社(数か月で廃業しています)を設立します。

 

その後再び就職(アニメーション関係。厳密にはアイワークス=ディズニー・コマーシャルアー社での下請け契約が出来なかったので、会社はアイワークスに任せウォルトはその会社に就職した)しますが、20歳のウォルトは、自信にあふれ独立志向だったので、再び自身を代表にアニメ・スタジオを設立します。

 

その後の活躍は、数々のヒット作、『蒸気船ウィリー』、『白雪姫』、『ピノキオ』などを生み出し、いくつものアニメーション業界の常識を打ち破り、夢の国ディズニーランドを完成させ、誰もが知るところです。

 

しかし、その成功に辿り着くまでには本当にたくさんの苦労をしています。とくに質にこだわり資金繰りに無関心はウォルトは、兄のロイがいたため何度も救われますが、スタジオが何度も危機に陥っています。また、会社の組合と対立、信用していた人の裏切りなども多く経験しています。今では王子様のミッキーも、かつては嫌な奴だったんですね(笑)

 

晩年のウォルトはひどく【死】を恐れていたようです。

 

その様は私が抱いていた陽気なウォルトからは想像できないものでした。しかし、ウォルトがいなければ、ディズニーランドはなかったし、今あるディズニー映画はなかったし、もっと言うとアニメ業界全体のレベルも、きっと今よりも低いものだったでしょう。ウォルトが私のヒーローであり続けることに変わりはありません。

 

最後に私の好きな言葉を

“I only hope that we never lose sight of one thingーthat it was all started by a Mouse”

たったひとつ、決して忘れないようにと願うことがあるーすべては一匹のネズミから始まった。

『ウォルト・ディズニー すべては夢みることから始まる』 PHP研究所 PHP文庫 2013年 P48より

【参考】

『創造の狂気 ウォルト・ディズニー』ニール・ゲイブラー著 中谷和男訳 ダイヤモンド社 2007年